1999年1月23日に、ロシア国内のみならず世界の体育・スポーツ科学界を理論と方法論の両面でリードしてきたロシア共和国功労科学実践家、RGAFK(ロシア国立体育アカデミー)教授レフ・パヴロヴィッチ・マトヴェーエフ博士が75歳の誕生日を迎えた。博士の半世紀以上に及ぶ偉大な研究生活の特徴は、独創性と先見性に富んでいることである。
彼の研究業績は350編以上の方法学または実践学の著書・論文として発表されており、その中でも主要著書は国内外で広く知られている。マトヴェーエフ博士の著書が4大陸30ケ国以上の国語に翻訳出版されている事実を見ただけでも、彼の名声がいかに高いかを物語っているだろう。
体育とスポーツの理論における主要テーマのほとんどが、同博士の指導の下に設定され、成功裡に研究成果が積み上げられているといっても過言ではない。マトヴェーエフ博士は「体育・スポーツ最優秀研究業績」に対して贈られる金メダルを何度も受賞したのをはじめ、研究レベルの高さを証明する多くの表彰を受けている。
マトヴェーエフ博士が体育とスポーツの科学的研究に対して果たした大きい功績は、世界各国から認められている。同氏はドイツ体育高等専門学校やサンパウロ大学から名誉博士号を授与されたのをはじめ、チェコスロバキアのコメンスキー賞、ブルガリアの特別賞、さらにブラジル、スペイン、中国、キューバ、ポーランド、チリ、ユーゴスラビア等の国々から表彰を受けている。
L.P.マトヴェーエフ教授はロシアで長年にわたって培われてきた選手養成制度に理論的根拠を与えて充実させ、世界に冠たる学説にまで発展させることに貢献した。マトヴェーエフ理論を基礎として、競技スポーツと一般体育の両分野での指導者養成に道を開き、学士・修士・博士等のそれぞれのレベルでの教育課程を築き上げた。
マトヴェーエフ教授が書き著した体育・スポーツ分野での理論及び方法学の公認教科書が大学教材の草分け的存在であると同時に、現在まで息長く中心的位置を占めていることは注目に値する。彼の薫陶を受けて修士または博士の称号を受けた研究者は優に100人を越える。
L.P.マトヴェーエフに与えられた国家表彰は18に及ぶ。例えば大祖国戦争(第2次世界大戦)の勲功を称えられたものや「赤い星」表彰、「レニングラード防衛顕彰」、「労働栄光賞」さらに「諸民族友好賞」等々である。
レフ・パヴロヴィッチ・マトヴェーエフが学会および社会に対して果たしてきた功績は数え切れないものがある。例えば全ソ体育・スポーツ科学方法論学会(
Vsesojuznyj Nauchno-metodicheskij Sovet po Fizicheskoj Kul'ture i Sportu
)の会長ならびに幹部会委員を勤めたのをはじめ、ソ連スポーツ委員会メインコーチ会議委員、<ズナーニエ協会>(知識人協会)常任理事、国家オリンピック委員会およびオリンピック・アカデミー委員等を勤めた。現在も体育・スポーツ指導者会議や高等教育機関の審議委員として重要な役割を果たしている。
1946年、第2次世界大戦の終了直後からマトヴェーエフ氏はソ連国立中央体育研究所に入学したのを皮切りに、一生を体育・スポーツの研究に捧げることとなった。研究所修了と同時に研究者・指導者として本研究所に勤務し、主任研究員、助教授、課題研究所長、ロシア国立体育アカデミー(ソ連崩壊後に国立中央体育研究所が改称したもの)総長等を歴任した。
現在、L.P. マトヴェーエフ博士は体育アカデミーで最も由緒ある「体育理論方法学講座」主任教授として学生や後継者たちに囲まれて研究生活を送っている。
ロシア国立科学アカデミー科学研究員・教官団ならびに機関誌「体育の理論と実践」編集員一同
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